トラウマからの声『忘れていることを忘れていませんか?』
その動悸、その涙に、理由があります
■はじめに
「あれがトラウマになっちゃって、あれを避けているんですよ」
こんな言い方をよく耳にします。
つらい記憶、嫌な記憶という意味で「トラウマ」という言葉が使われています。
人前で話すのが苦手なこと、特定の食べ物が食べられないこと、ある種の人間関係が築けないこと。そうしたことの理由を、私たちは「トラウマ」というひとことで片付けることがあります。
けれど、あの出来事がトラウマになっていると、自分ではっきり指させるとき、それはトラウマではないんです。単なる<嫌な記憶>です。
トラウマとは、忘れていることを忘れている記憶なのです。
■心に凍りついた記憶
トラウマとは何か。
衝撃はある日、前触れもなくやってきます。
あまりに強い衝撃であるがゆえに、それは記憶としてきちんと登録される前に心の奥で凍りついてしまう。本人はそのことを覚えていません。忘れているとことさえ、忘れているのです。
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もともと「トラウマ」という言葉は、身体に受けた傷を指す言葉でした。それが、目に見えない心の傷を意味する言葉として使われるようになったのは、十九世紀の末からでした。身体の傷なら、出血の量や、皮膚がどれだけ損なわれたかを、数値で示すことができます。けれど心が受けた衝撃の大きさは、外からは見えません。
だからこそ、その傷は心の奥で凍結したまま、本人にさえ気づかれず放っておかれてしまうのです。
■五感の記憶としてのトラウマ
衝撃の記憶は、消えてなくなるわけではありません。
におい、音、手ざわりといった五感の記憶として心の別の場所にしまい込まれ、心の中に冷凍されたまま保存されています。
それが、震えや動悸、フラッシュバックとなって甦ってくるのです。言葉になる前の記憶は、においや音や光や触覚に姿を変えて私たちの中に住み続けているのです。
■プリンの焦げたにおい
精神分析の創始者フロイトが報告した症例に、ルーシー・Rという女性がいます。
彼女は、鼻先にいつもプリンの焦げたにおいがまとわりついて離れず、悩まされていました。
彼女は子どもたちの家庭教師として働きながら、雇い主である父親に、ひそかな思いを寄せていました。けれどある日、その思いが決して報われることのない、絶望的なものであることを悟る出来事があったのです。
その衝撃は、あまりに大きすぎて、彼女自身の記憶からも締め出されてしまいました。ただ、その時焼いていたプリンのにおいだけが記憶として残ったのです。
自分がなぜプリンの焦げるにおいに苦しめられているのか、彼女は長いあいだわかりませんでした。フロイトは、この女性の心のなかに、言葉を与えられないまま凍りついている記憶があることをつきとめて症例として報告しています。
■地下鉄サリン事件の記憶
死に直面するほどの衝撃が、トラウマの記憶になります。
地下鉄サリン事件の被害者のなかには、乗り合わせた電車の床を、瓶が転がっていくのを見ただけで、動悸と息苦しさに襲われ、涙が止まらなくなった方がいました。
瓶そのものは、なんの害もないただの瓶です。けれどその人の心のなかでは、瓶が転がる光景が、あの朝の恐怖と分かちがたく結びついてしまっていたのです。
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事件からしばらく経って、その人は日常生活に戻っていたはずでした。けれど心の奥では、あの朝の恐怖が、言葉を与えられないまま残っていたのです。瓶が転がるというごくありふれた光景をきっかけに、その記憶が、今まさに起きていることのように生々しく甦ってくる。これが、トラウマの記憶の特徴のひとつです。
■あなたの記憶の中にも
こうした話をすると、トラウマとは、事件や事故に遭った特別な人だけのものだと思われるかもしれません。けれど、他人から見ればそれほどのことでもないようなごくありふれた出来事が、トラウマとなって人の心に深い傷を残すこともあるのです。
たとえば、子どものころ、大勢の前で叱られて恥ずかしい思いをしたこと。仲の良かったはずの友人に、ある日突然、仲間はずれにされたこと。信頼していた人の、何気ないひとこと。
そのときは、誰かに相談するほどのことでもないと思い、胸にしまい込んだ。
そうした記憶は、誰の中にも、一つや二つはあるのではないでしょうか。
当人でさえ気づかないまま長い年月が過ぎ、あるとき、ふいにその光景や言葉が甦ってくる。
特別な誰かの話ではなく、あなたの記憶の中にも、まだ気づいていないトラウマが眠っているかもしれません。
■共同体もまた、忘れようとする
厄介なことに、記憶を凍りつかせるのは、個人の心だけではありません。恐ろしい出来事を体験した社会も、その記憶(歴史)をなかったことにしようとする力を働かせます。
ナチスによるユダヤ人のホロコースト、広島と長崎への原子爆弾投下。こうした出来事もまた、共同体のトラウマとして長いあいだ正式な歴史として語られることなく封じ込められてきました。
そんな恐ろしいことがあるはずはないという空気が、無言のうちに醸成されるのです。
個人の記憶と、社会の沈黙とが、二重に重なり合いながら、トラウマは長いあいだ言葉を与えられずに誰かが引き取りに来るのを待っているのです。
哲学者ハンナ・アレントはこうした状況を「出来事が忘却の穴に吸い込まれた」と言っています。
■『忘れていることを忘れていませんか?』
「あれがトラウマになって」と言えているうちは、まだその出来事は忘れられてはいません。
本当に厄介なのは、忘れていることにさえ気づいていない記憶のほうです。
震えの理由も、涙の理由も、動悸の理由もわからないまま、ただ身体だけが反応してしまう。そのとき人は、自分自身の心の動きに戸惑い、ときに自分を責めてしまうことさえあります。そしてまわりの人もまた、その反応の意味を知らないまま困惑してしまうのです。
◆おわりに
終活とは、財産や住まいを整理することだけではありません。心の置き場所を、今一度見つめ直す時間でもあると私は思っています。
だとすれば、終活は心のどこかに凍りついたまま言葉を与えられずにいる記憶と静かに対面する機会を持つ時間となるかもしれません。
そこに何かの出来事が眠っているらしいと知っておくだけで、いつかその記憶が声を上げたとき、うろたえずに耳を傾けられる気がします。
七十六年間生きてきて、私自身にも、はっきりとは説明のつかない反応がいくつかあります。それが本当にトラウマと呼べるものかどうか、今はまだわかりません。
それでも、トラウマという言葉の奥に思っていたよりずっと深く複雑な仕組みがあると知っただけで、少し呼吸が楽になる気がしています。



くりちゃん、こんにちは😃
トラウマの持つエネルギーは強いので、忘れた方がいいこともありますが、人生を変えることもありますね。
娘が2年前に学校で嫌な思いをしたのがトラウマになっているようなので、私は忘れないように気をつけようと思えました。
ありがとうございます🍀
トラウマのお話、私も似た経験があるので、関心を持って読ませていただきました。ご自身の経験を言葉にして発信されていること、とても勇気のいることだと思います。ありがとうございます✨