なぜ同じ場所ばかり、くつ下に穴があくのか
76歳の私が自分の体を観察して分かったこと
はじめに
終活の最重要課題の一つは、健康です。
<冷えとり>という健康法を、私は続けてきました。
76歳、体年齢34歳(タニタの体重計での数値)
医療にもクスリにもほとんど頼らず、心は前向きです。
そんな今の自分は、体と気持ちよくつながることができています。
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私は胃がんの不安のなかで<冷えとり>に出会い、2016年3月16日、初めてくつ下四枚の重ね履きをしました。その時のほっこりした感覚についてはお話ししました。
この投稿では、くつ下を重ね履きすると、体の中でいったい何が起こるのか。その体験をお伝えしたいと思います。
あの日から10年。私の体には予想もしなかったことがいくつも起こりました。今日お話しするのは私の体に起ったことを観察したものです。
◆ 自分が冷えていることに、気づいていなかった
<冷えとり>を始めるまで、私は自分の足が冷えているとは思っていませんでした。自分では冷えてはいないと思っていました。
くつ下を重ね履きするようになって、足が冷えていたことに気づいたのです。
温めて初めて、それまでどれだけ冷えていたかがわかる。
冷えというのは、自覚のないところに一番深く潜んでいるものなのです。
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<冷えとり>でいう「冷え」は、体温が低いとか寒がりということではありません。
「冷え」とは
上半身と下半身の温度差
のことです。
<冷えとり>の創始者、進藤義晴医師の著書によれば、上半身はおよそ36℃前後であるのに対し、足先は31℃くらいで、その差は5℃にも及ぶといいます。
実際、私も料理用温度計を入れて足指の温度を測ってみました。普通の体温計では34度以下は測れないからです。足指の間の温度は30度でした。
面白いのは、「私は足がほてっているので冷えてはいません」と言う人が多いことです。進藤医師の理論では、このほてりこそが、冷えの証拠だとされています。
冷えた体が無理に熱を作り出そうとして、かえって足がほてって感じられる。冷えと気づかれないまま進んでいる冷えほど、やっかいなものはないのです。
のぼせやすい、熱い風呂が好き、冷暖房の効いた部屋に入ると具合が悪くなる。
進藤医師の著書には、「冷え」があるかについての簡単な自己診断のチェック項目が載っています。私自身、当てはまる項目がいくつかありました。
<冷えとり>を始めるまで、自分がそちら側の人間だとは思っていなかったのです。
◆ 温度差が消えると、体は勝手に動き出す
下半身の温度が低いままだと、血流はそこで滞ってしまいます。血の巡りが悪いところには、老廃物がたまっていくと<冷えとり>では考えられています。
ところが、くつ下の重ね履きや半身浴で下半身を温め、上半身との温度差を解消すると、滞っていた血流が回復します。血が巡り出すと、そこに免疫の力が戻ってくると言うのです。
体は、自分の意志とはまったく関係のないところで、蓄積されていた毒を勝手に排出し始めるのです。これが「毒だし」という理論で<冷えとり>の考えの中心となっています。
◆ なぜ、くつ下を四枚も重ねるのか
私が最初に通販で買ったのは、絹の五本指、綿の五本指、絹の先丸、ウールの先丸という四枚組でした。絹は毒を吸う性質があるとされ、まず素肌に絹を履き、その上にウールや綿、そしてまた絹、そしてウールや綿と天然素材のくつ下を重ねて履きます。足元が温まるだけでなく、足から出る毒を吸い取り外側に排出していく。これが<冷えとり>基本型です。
窮屈なのではないか。
暑苦しいのではないか。
くつ下を履く前はそう思っていました。
ところが実際に履いてみると、足元からふわっとした温かさが上がってきて、体がほっとゆるむ感覚がありました。頭で考えていた予想とはまったく違う体験でした。
体の声が聞こえてきた、と言ってもいいかもしれません。
よい時期に、よい形で出会ったのだと思います。
あのとき窮屈さや暑苦しさを予測して身構えていたら、この感覚には出会えなかったと思います。
◆ 毒だしは、いつどこに現れるかわからない
『毒』と聞くと物質を想像しますが、ここで使う『毒だし』は<冷えとり>独自の表現です。「冷えとりで言う毒は、目に見えないもので、検査をしてもでてきません」と開発者の進藤義晴医師は言います。
私は、体に起きる変化を観察するための言葉として『毒』という言葉を受け止めています。
毒だしがいつ、どこに、どんな形で現れるかは、誰にも予測できません。
<冷えとり>を始めて一か月たったころ、口角炎が口の両方にできました。しかし、見守っているうちに、一か月ほどで自然に消えていきました。あれは何だったのか?<冷えとり>でいう毒だしだったのかもしれません。消化器の毒は口のあたりに出ると言われていたのを思い出しました。
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次に起ったのがくつ下の穴です。
これは<冷えとり>を実践している人たちの間でよく語られる出来事です。
最初はみんな驚くのですが、そのうち「毒だしが来た」と、むしろ嬉しくなるのだと聞いていました。最初はその感覚がわかりませんでしたが、実際に自分で体験するときがやってきたのです。
ある日、絹のくつ下を脱いだとき、そこに発見したのです。まるで溶けたようにぽっかりとあいた丸い穴。
普通なら「このくつ下不良品?」とか「もったいない一足ダメになった」と考えるのですが、<冷えとり>ではむしろ歓迎される現象とされています。
破れたのではありません。溶けているのです。まさか、と思いました。同時に、私の体はこんなことをしてくれるのね、という驚きと、ちょっとした嬉しさがこみ上げてきたことをはっきり覚えています。
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以後、いろいろな箇所に穴があきました。くつ下のどの部分に穴があいたかを見て、いろいろ観察してきました。
よく、内臓と足の各部分との関係を示した図がありますが、あの図と照らし合わせると内臓に対応する場所から毒がでているようにも見えて興味がつきません。
不思議だったのは、右足の小指の場所ばかり、5年ほど穴が開き続けたことです。なぜ右の小指ばかりなのか。
私は今でも科学的な答えを持っていません。ただ、5年近く同じ場所に穴が開いた。これが私にとって、体を観察することに夢中になった出来事でした。
<冷えとり>の解説書では、小指周辺の穴を腎臓の『毒だし』と結びつけて説明します。私はその考え方を興味深く受け止めながら、穴の位置を観察しています。小指から出た毒が、繊維を溶かした証拠だと私は見ています。
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これから何が起こるのか、いつ起こるのか、まったくわかりません。
ただ、体に何かが起こるたびに、私はその症状を見守ってきました。この「見守る」という姿勢そのものが、実は<冷えとり>の本質なのです。
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そして今も、私は足の冷えを実感し続けています。くつ下を四枚重ねていても、足元は冷たいのです。デスクワークのときは、足元に湯たんぽを置いています。これは後退ではありません。むしろ、体が正直にセンサーを働かせている証拠なのだと思っています。
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くつ下に穴があく、体重が減る、口角炎が出る。どれもばらばらの出来事に見えますが、根っこは同じです。上半身と下半身の温度差が消えたことで、体が自分のペースで、自分の判断で、血流を改善して仕事をこなしているのです。私はただ、その現場に立ち会っているにすぎません。
◆ おわりに
ここでご紹介したことは、医学的に確立した説明というより、<冷えとり>が体をどう捉えているかのお話です。
私は10年間、その考え方と自分の体に起こることを重ねながら観察してきました。
そして、私の体に起ったことを見て、体にすべてを委ねる。結果を急がず、体が勝手にやってくれることを信頼する。そう思えるようになりました。
次回は、この毒だしを最前線で担っている毛細血管さんたちの苦境について、お伝えしたいと思います。
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自分の体に起こったことを皆さんにもお伝えしたいと言う思いから、二年前より【冷えとり入門・実践講座】を開いています。これまでに百四十名あまりの方が受講してくださり、それぞれの体に起こった変化を報告してくださっています。体は、思っている以上に多くのことを語りかけてくれるものなのだと、みなさんの声を聞くたびに感じています。
講座受講者の声
Oさん:講座後、早速5本指靴下を履いてみました。それまでは、足指が冷えて固まっているような感じでしたが、5本指靴下を履き、更にもう1枚靴下を履いてみたところ、足指と足全体が温かくなりました。
Kさん:私は現在すべり症との診断を受け治療中です。くつ下四枚を履いてみたところ、温かみに希望の光を見出すことができました。心までほっこりするような気持ちの良さで、すぐにファンになりました。
Tさん:以前からあった進藤先生考案のくつ下4枚組を履いてみました。確かに、ほっこりと温かくこころも落ち着く感じでした。





靴下が溶けるように穴があくんですね!
穴があいた場所を足裏の図と照らし合わせて観察していくのも、ものすごく興味が湧きます☺️
冷えというのは、自覚のないところに一番深く潜んでいるものなのです。
体に何かが起こるたびに、見守ってきたという言葉が心に残りました。
健康のことって、ついどうすれば治るか、何が正しいかに意識が向きがちですが、自分の体の変化に気づいて、声を聴いてあげることも大切なんだなと感じました。
10年間、ご自身の体と向き合いながら観察してきたからこその言葉。
素晴らしすぎます🌿